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きょう聖(ねこミミ)

きょう聖(ねこミミ)

【小説】ねこミミ☆ガンダム 第6話 その3

司会の声が競技のはじまりを告げた。
「さあ、はじまりました! 第4回戦は皆さまお待ちかね、大運動会の名物競技〈空中フェンシング・バトルロワイヤル〉です! 今大会で唯一、マシンドールを降りての肉弾戦となります! 本来なら無重力下で行うこの競技! 唯一の地球人選手、山本英代選手の活躍に注目ですね!!」
解説のキャッツがこたえた。
「どうせダメでしょう」

肌に張り付くようなぴっちりとしたパイロットスーツを身につけたネコミミ娘たちが、細身の剣を手に宙を飛び交った。バックパックから出る圧縮空気によって仮の無重力状態をつくり出しているのだ。
空中で細身の剣による剣技を競う。危険がないように剣先は丸められていた。
英代のおじは、水を得た魚のように生き生きとビデオカメラをまわしていた。グラウンドに近づきすぎて審判から注意を受けた。
馴れない空中をぐるぐるまわりながら英代はいった。
「ちょっと! おじさんっ!!」
おじはカメラを向けていった。
「あ、英代ちゃん! ちゃんと撮ってるよ!!」
「やめてっ!!」
英代は細い剣と手で体を隠した。
さすがに衆目があるところでピッチリスーツは恥ずかしいものがある。
「ど、どうして……」
おじは心から残念そうだった。気の毒なほどだった。
が、英代にとっては迷惑極まりなかった。
「呼ばなければよかった……」
英代は心底、後悔した。
夏恵來がやってきていった。
「英代ちゃん! 集団戦ではどう考えてもこっちが不利だ! 怪我をしないうちにリタイアしたほうがいい!!」
英代は、縦に横にと、くるくるしながらこたえた。
「それじゃあ上位には入れません! 優勝は無理でも、せめて上位には入らないとっ……!!」
マイクを通した女王の声がひびいた。
「リタイアしたいものは私の足元まできて土下座すること」
何人かのネコミミが女王の足元で土下座していた。
「土下座するところなんてテレビにでも流されたら……。NPOの宣伝どころじゃない……」
ニアがきていった。
「しかし、こちらは空中フェンシングに慣れていない。かなり不利ですよ」
英代は逆さまになりながらいった。
「なれないけど……やってみます!!」

女王のホイッスルで、空中フェンシング・バトルロワイヤルがはじまった。
空中にただよう約100人の選手はすぐには動かない。下手に動けば、かえって狙われることがわかっているのだ。
音を立てずに不自然な動きをするいく人かの選手がいた。
英代を狙っている女王の親衛隊だ。
英代は親衛隊に囲まれないように、まわりを確かめながらゆっくりと動き出した。
ふいに、競技場の中央が騒がしくなった。戦いがはじまったのだ。
親衛隊はおどろいたようで顔を見合わせた。
英代は、その場をすばやく離れた。ほかの選手たちにまぎれて親衛隊をやり過ごした。

競技場の中央付近では、すでに戦いがはじまっていた。
はじめの犠牲者が出る少し前のことだ――。

チンピラふうのネコミミは、仲間のネコミミに声をかけた。
「キング、オレとあんたが組めば上位入賞はまちがいねぇ! だが、今は身隠れてやり過ごす! 相手がもっと少なくなってからが本当の勝負だ!!」
キングと呼ばれたネコミミは、氷を思わせるような無表情でうなずいた――気がした。
キングは天才だ。
キングとつるむようになってから、オレたちは負け知らずだった。
キングは、いわゆる不良や半グレといったタイプではない。むしろ、貴族か何かのような品のある顔立ちをしている。
どこの出身で、どんな生活をしてきたのか、俺にもまったくわからない。
キングは、どんなやつとケンカをしても負けることはなかった。街をたばねるゴロツキでも、キングにとっては赤ん坊の手をひねるようなものだった。
ケンカだけじゃない。キングは、オレが一生かかっても読めないようなぶ厚い本をほんの数分で読んでしまう。しかも、すべてを暗記した。
専門だとか経験だとかいう言葉は、キングにとっては意味がない。それが本物の天才だということを嫌になるほど知った。
神の気まぐれか。俺は、そんなすごいやつとつるんでいる。
キングと出会ってから、俺は〈夢〉を持つようになった。生まれてはじめて持つ夢だ。
キングは、街の半グレなんかで終わるタマじゃない。一国一城の主にだってなれる。
キングは王だ。
オレは、その王のとなりに立つ参謀。
それがオレの夢。
胸が熱くなる。
この競技の勝者には、女王から莫大な報奨金が与えられる。その金で新しい人生をはじめるのだ。
オレはいった。「キング、ここは選手が多い。もっと競技場のすみに……」
ふいに、胸に熱さを感じた。
キングの突き出した剣先が、オレの胸をえぐっていた。
「ケケッ……!」
キングは、表情のない氷のような目をして笑った――気がした。
激しい痛み。
首輪のランプが点灯する。脱落した合図だ。
バックパックの推力が失われる。滑るように体が落ちていった。
「キングっ……!!」
オレは激しい痛みに気を失う寸前、言葉を発した。
「オレは……あんたとっ……!!」
伸ばした指の間でキングは笑っていた。氷のような無表情な目で――。

仲間を倒したサイコなネコミミが、ひときわ目立つネコミミに向かっていった。
ガラスの光沢を放つ、ゆるやかにウェーブした豊かな髪。
神が極限まで手を尽くしたような完璧なプロポーション。
そのネコミミは美しさの極地にいた。
サイコが迫る。
美しいネコミミは、整った顔をこわばらせた。
「来たわね……! やはり、やつとの戦いは避けられない。ならっ……!」
ふいに、美しいネコミミの前に、気弱そうなネコミミが飛び出した。
気弱なネコミミは震える背でいった。
「キ、君は、はやく逃げるんだっ!!」
美ネコミミは眉をひそめた。
「あなた、死にたいの? あいつはバケモノ。あんたなんかが100人でかかったって敵う相手じゃない……」
「か、かまわない……!!」
美ネコミミは呆れた。「思い違いしてるようね……。なんなら私が、この剣であなたの背中を突き刺してやってもいいのよ?」
気弱ネコミミの青い顔に赤みがさした。
「君にやられるなら、ボクはかまわない!!」
「な、何を言って……」
「君を守るためなら、ボクはっ……!!」
戸惑う美ネコを置いて、気弱ネコは飛び出した。
「うわあああああぁぁぁっ!!」
気弱ネコは、迫るサイコに向かって剣を突き出した。
サイコは、その剣先を身をひねるだけでかわす。と、気弱ネコ腹に剣を突き立てた。
「うぐッ!!」
気弱ネコは勢いよく飛ばされ、ボロ布のようになって落ちた。
サイコは無表情だ。本当の無表情とはこういうものか――。
美ネコは、地面に倒れる気弱ネコを見た。
「本物のバカね、あなた……」
サイコは剣を向けた。
鋭い突きが美ネコの顔を傷つけた。
サイコは機械のような正確な突きを次々と繰り出した。
殺人マシーンのようなサイコと闘いながら、美ネコは、なぜか静かに気弱ネコのことを思っていた。
美ネコは、物心がつく前に両親と死別していた。幼いころから、光の届かない世界で生きてきた。
時には犯罪に手を染めた。
情婦として数え切れない者たちと体を重ねてきた。そんな者たちと心が通じたと思ったことは、ついぞ無かった。
でも、今は――。
数十回の打ち合いの後、サイコの剣が美ネコの右腕を突いた。
美ネコは剣を取り落とした。
「クッ……!!」
背を向けて離れようとする美ネコ。
その背にサイコの剣が突き刺さった。
気を失う寸前――。
虚空をさまよう瞳の奥で、震える気弱ネコの横顔を見た。あまりにも頼りない表情。でも――。
美ネコは気を失い、ゆっくりと地上に落ちていった。
倒れる気弱ネコに覆いかぶさるよう体を重ねた。

ぶ厚い眼鏡をかけた、いかにもオタクっぽいネコミミは、全身から七色に光る油汗を垂らしながら、顔の色を青くしたり赤くしたりしていた。
オタクのネコミミは叫んだ。
「イヤよっー! どうしてぇ!? なんで私がこんなことにぃっー!!」
はた目にも精神の限界を越えたことがわかる。
オタクネコミミは焦点の合わない目でいった。
「こ、これは夢っ……!? そうよ、これは夢だわっ! 私は今ごろ、ニャニーズのコンサートに行って握手会で……! それで、それでっ……! ああっ……! ああああああああああっーッッ!!」
オタネコの友人らしきネコミミが不安そうにいった。
「ちょ、ちょっと! 落ち着いてよっ……!!」
オタネコは絶叫、
「んまあああああああああああああああっーッッ!!」
持っていた剣の先を友人に突き立てた。
上体を鞭のようのしならせながら力を一点に集める。
その剣は人の技を超えていた。
その力は人のものではなかった。
友人ネコは声をあげる間もなく気を失って吹き飛ばされた。
「夢……夢よ……」
ぶ厚い眼鏡がずり落ちた。
焦点の合わない瞳、つり上がった口角。
サイコとはまたちがう魔物――〈ナイトメア〉が産まれた。

次々とまわりの選手をなぎ倒しながら、顔色ひとつ変えないサイコ。
それを見上げて、大柄なネコミミはうなるようにいった。
「やつが動いた……! だが、やることは同じだ……。バトルロイヤルでは最後まで逃げ切ったものが勝つ……!」口惜しそうに唇を噛んだ。「こんな地獄には、もう二度と来ることはあるまいと思っていたがな……」
となりにいる、やたら清潔感のある主人公っぽいネコミミがいった。
「今はあんたの経験だけが希望だ。頼りにしてるぜ」
さわやかにいう主人公ネコに大柄ネコは静かに返した。
「そうだったな……。用意はいいかい。だんな」
「だんなはよしてくれよ。俺はあんたより歳下なんだ」
「フッ……」
主人公ネコに影のように寄りそう、可憐だが芯の強そうなヒロインっぽいネコミミがいった。
「行こう! ふたりとも!!」
主人公チームはその場を離れていった。

「いたぞっ! 山本英代だ!!」
親衛隊のひとりが声をあげた。フルフェイスマスクをかぶり、ほかの選手にまぎれる英代を目ざとく見つけた。
ほかの親衛隊員が気づいた。
このままでは包囲が縮まる。
英代はつぶやいた。
「やるしかないっ……!」
可能な限りほかの選手を倒し、上位に入賞せねば……。
英代は、ぽつんと離れている、おとなしそうなネコミミに目をつけた。剣をかまえる。猛然と突き進んだ。

ツクシ・ミケ・マレットはおどろいた。
自分に向かって、恐ろしい勢いで迫ってくる選手がいる。
山本英代だ。
恐怖で体が固まる。声が出ない。
しかし、このままでは――
「おわっ……おわわわわあっっーー!!」
変な声は出た。
恐ろしさでめまいがする。
山本英代は、あのネコミミ将軍さえも倒したとされる最強最悪の敵だ。
ツクシは、移民軍では軍属であったが軍人ではない。適性がないとされて軍人にはなれなかった。
当然、戦いの経験などまったくない。
元軍人の参加者が多い大運動会にツクシが出れたのは、単なる数合わせのためだ。応募したのは生活費に困ってのことだった。
山本英代が声をあげた。
「ごめんなさい!!」
倒す相手に詫びる。意外に律儀な性格だ。
突き出す剣先がギラリと光った。
丸められているとはいえ、鋼鉄の剣先がすごい勢いで当たるのは遠慮したい。
「やめてえええぇぇぇッッ!!」
ツクシは無我夢中で剣を振りまわした。
英代の剣先が迷いなく迫る。当たる。
「ふげぇっ!!」と、ふいに、カエルが踏みつぶされたような声がした。
振りまわした剣の先に重さを感じる。
剣先が英代のヘルメットを突きやぶり、その額を突いていた。
潰されたカエルのような惨めな姿で落ちていく英代。
しばらく、何が起きたのか実感がなかった。
ふいに思い出した。
大会前のミーティングで担当者が言っていた。
「山本英代を倒したものには、女王さまからアホほどばく大な報奨金が賜われる」
その額は5兆円――。
「うそっ……。ウソッ!!」
ツクシは腰のポーチからスマホを取り出し、地面でのびる英代を撮った。
小さな画面に映る画像を見た。あの山本英代を倒したという実感がやっとわいてきた。
「だ、だれか……! そうだっ……!!」
ツクシは震える指で、英代がのびている写真をSNSにアップした。メールの代わりに家族やごく親しい友人だけでフォローし合っているSNSだった。
メッセージを送る。
この時、ツクシは忘れていた。このSNSにはカギをかけ忘れており、だれでも閲覧できるようになっていた。ただ、いつもは自分のつぶやきなど、この宇宙で気にするものなどいなかった。
気づくとアップした写真の閲覧数はあれよあれよと増え、〈Good Cats!〉(お気に入り)はあっという間に10億を超えた。
「わわわわわあぁっ!!」
ちなみに、Good Cats! は1つにつき日本円にして1円が支払われる。これだけで10億円。――いや、それどころか5兆円の報奨金があるのだ。
「うっ!」
鼻血が出た。
これだけあれば家族親戚を地球に呼び寄せ、いくらでもぜいたくな暮らしを――いや、分不相応なカネで身を崩したという話はよくある。ここは慎重に……。
上を向いて首筋をトントンしていると、ふいにフォロワーからメッセージが届いた。母だ。
「あんた何かやったの?」
《わかってない!?》
いや、無理もない。
説明するために文字を打ち込んでいる間に、また母からメッセージ。
「ちょっと痩せた?」
《それどころじゃない!!》
もう、いくらでも何でも食べられるのだ。よく行く外食チェーンの牛丼だって……。とにかく食べられるのだ。
またメッセージ。
「慰安婦の仕事は続いてるの?」
《その話は誤解されるからっ!!》
ツクシは思わず声が出た。「移民軍が解散した時に慰安婦の仕事も終わったって言ったのに……!!」
移民軍にいたころ、軍人としての適性がないとされたツクシは〈慰安婦〉として働いていた。
慰安婦といっても、同性ばかりのネコミミ軍で性的な奉仕をすることなどはない。一部ではそのようなことをしているものもいる、という噂もあったが……。
ツクシが慰安業務として行っていたのは、やたらピッチリとした全身タイツを着て深海魚のようのフラフラと踊る――〈謎の深海魚ダンス〉を兵士らの前で披露することだった。
この〈謎の深海魚ダンス〉は、なぜか兵士たちの間で大変な人気があった。何百隻もの戦艦を行き来して踊りを披露したものだ。
やっと説明のためにメッセージを送ると、再び母のメッセージが届いた。
「あんた男は見つかったの? そのために慰安婦にまでなって地球に行ったんでしょ」
母のメッセージに1億〈Good Cats!〉がついていた。さらに伸びていった。
母はこのやり取りが全宇宙で見られていることに気づいていない。
もうスマホの電源を切ろうと思った。
母は「応援してるから」
ふいに、ツクシは電撃に打たれたように気がついた。
今、このSNSは数億を超える人々がリアルタイムで見ている。そして、これ以降、数百億の人々が見ることになるだろう。
その中に、自分の将来の伴侶がいないと、どうして言えようか。
実際、SNSで知り合って結婚したというカップルの話はよく聞く。今まで自分にはまったくの無縁なものだと思っていた。
しかし、思いもしないことが起きるのを、ついさっき目にしたばかりではないか。
「自撮りを上げる……?」
リスクもある。
これだけ目立っている時に自撮りなどをあげたらどうなるか。今でさえ数千万件も寄せられているコメントの中には目にあまる誹謗中傷があった。
《目立ちたがりのクソ女》
いや、もっと直球に、
《ブサイク》
「でも……!」
この一枚に人生がかかっている――そう思うと退くことはできなかった。
このたった一枚に、ほんの一瞬に未来のすべてががかかっている。
いや、ちがう。未来のかかってない一瞬などは、はじめからなかったのだ。
次の一瞬に自分が生きている保証など、だれがしてくれようか。
ツクシはスマホをかかげた。定番の上からアングル。
アップで顔を写しつつ、地面でのびる山本英代を背景としたい。
なかなかアングルが決まらない。
顔をアップに、英代も入れる。
ただ撮るだけではダメだ。さりげない、それでいて最高の笑みで――。
――決まった!
シャッターを押した瞬間、もうれつな勢いで近づいていた親衛隊員の突きだす剣先がツクシのあごを捉えた。
ツクシは声もなく白目をむいて吹き飛んだ。
「山本英代を討ち取ったぞ!!」
遠くから聞こえる声。
さらに遅れてきたほかの親衛隊員らがいっせいに剣を突き出す。何本もの剣先がツクシの全身を突いた。
ツクシは地面に落ちた。
全身打撲。全治3カ月だった。

英代は目を覚ました。
夏恵來とニア、おじさんがのぞき込んでいた。
ここは関係者用のスペースだ。
「うっ……!」
泣きたくなるほど額が痛い。
こらえながら英代はいった。
「すいません……。弱そうなネコミミだと思って油断した……」
起き上がろうとする英代を夏恵來は止めた。
「ムリしないで。全治1周間だってさ。次の5回戦目が最後の競技になるっていうけど……、どうする?」
「や、やります!!」
英代は起き上がった。
見るとおじさんがビデオカメラを構えている。
「英代ちゃん! しっかり撮れてるよ!!」
英代は声をあげた。
「ヤメテッ!」
親戚にピッチリスーツ姿を撮られてはいけない。
「え……。よく撮れてるのに……」
あんまり落ち込んでいうので液晶画面をのぞき込んでみた。
目覚めてから痛みをこらえて立ち上がるまで、なかなかよく撮れている。物語の主人公のようだ。
「じゃあ、撮って。あ、バストアップだけね!」
英代は胸の前でこぶしを固めた。体の線が出にくい工夫だ。
カメラ目線でいった。
「今回の大会で、私とシロネコの成績は振るわなかったかもしれない……! でも、私は、女王からどんなに卑劣な妨害を受けようと、最後まで正々堂々、戦います!!」
「おぉ……!」
まわりから拍手があがった。
この映像はのちにNPOの広報として使われ、かなりの好評をはくすことになる。それに脅威を覚えた女王が、英代のブザマな姿を集めた映像をネガキャンとして放映するほどだった。

ちなみに、バトルロワイヤルの結末は、主人公っぽいチームとサイコなネコミミ、ヲタクなネコミミとの三つ巴の戦いにもつれ込み、勝ち残ったのが主人公チームのヒロインっぽいネコミミだけという凄惨なものだった。



司会のネコミミがいった。
「さあ、マシンドール大運動会もついに最終競技となります! 記念すべき今大会のクライマックスとなる種目は――女王さま自ら発表されます!!」
解説のキャッツがこたえた。
「注目しましょう!」
巨大クレーンに吊るされたゴンドラに女王が乗っていた。
ゴンドラの女王は高層ビルほどの高さにのぼった。同じく吊るされていた天皇に向かって一礼する。
天皇は大会のはじめから吊るされているせいで、すでに覇気がない。
女王はもっていた紙を広げると種目をつげた。
「最終競技は〈借りもの競走〉!」
スタジアム内、数十万人の観衆が波のようにざわめいた。
女王はつづけた。
「借りてくるものは〈好きな男の子〉とする!!」
ドォッ! と、嵐のようなざわめきがあった。
「なお、順位を問わず、ゴールしたものには、借りてきた〈好きな男の子〉をネコミミ王国として正式に進呈する! 要するに、ゴールしたら何をしてもOKだ!!」
ドオオオォッ!! スタジアムは熱狂で割れんばかりだ。
グラウンドに並ぶ選手のひとりが手をあげて、女王にたずねた。
「あ、あのっ、好きな『男の子』ということですが、相手がかなり年上でもいいのでしょうか……?」
女王はこたえた。
「『男の子』という言い方はあくまでも〈ロマン〉である。年齢などは、もちろん問わない」
ざわめきが収まらない中で、またひとり選手が手をあげてたずねた。
「まだ、好きといえるほどの男の子がいない場合、とりあえず好みの男を連れてきてもいいのですか!?」
「うむ。ネコミミ王国は〈ひと目惚れ〉の実在を公式に認めておる」
線の細い選手が手をあげた。
「あの……〈好きな女の子〉は……?」
場内が静まった。
固くなった空気の中、女王がアゴで指し示すと、質問をした選手は武装した兵士数人に連れて行かれた。
女王が咳ばらいしていった。
「もう質問はないかな?」
「ちょっと待って!!」
英代が声をあげた。「人を勝手にあげるとかもらうとか! こんなこと、誰だろうと許されるわけがないでしょ!!」
「うるさい! 我らの伝統――正式名称〈おっとい競争〉について、お前にとやかく言われるものではない!!」
女王はつづけていった。「ここで賞品のサンプルを紹介する! サンプル、オープン!!」
ゴインゴイン、と低い音をあげながら、巨大な聖火台を支える鋼鉄の柱が回転していった。
聖火台のすぐ下には縄がくくられており、回る柱の裏側には縄でしばられた均がいた。
均は、ぐったりとして動かない。
女王はいった。
「賞品サンプルとして協力してくれたのは、坂之上市に住む中学生の並木均くんである!!」
均はか細い声でいった。
「たす……けて……。熱い……。ここ、すごい熱い……」
聖火台の真下には熱が伝わるらしい。
グラウンドの英代は均を見上げた。
「均……、そんなところにいたんだ……」
関係者席の夏恵來は点のような均を見ながらいった。
「どうりで、朝迎えに行ったらいないと……」
ニアがいった。「すでに捕まっていたんですね……」
均は声をふり絞るようにいた。
「た、助けて……! ほんとにっ……!!」
ゴンドラの女王が明るい声でいった。
「では、質問がないなら〈借りもの競走〉スタート!!」
女王はスターター・ビームライフルを空に向けて撃った。
グラウンドの選手たちがそれぞれのマシンドールに向かって走る。
英代は声をあげた。
「ちょっと待って! おかしい! 認められない!!」
女王はいい返した。
「うっさい! イヤなら棄権しろ!!」
女王はゴンドラから身を乗り出すといった。
「ニャベレイ!!」
グラウンドにいたマシンドール〈ニャベレイ〉が空にのぼった。女王のいるゴンドラの高さにくる。と、胸のハッチを開いて女王を迎えた。
女王は参加する気まんまんでコックピットに乗り込んだ。
女王のニャベレイは空を滑るように均のもとへ向かった。
英代はいった。
「シロネコ!!」
離れていたシロネコが飛び上がり、地を揺らしながら英代の目前に着地した。
英代は、すぐさまワイヤーロープでシロネコに乗り込む。
シロネコは女王のあとをスプリンター走りで猛追した。

聖火台のすぐ下、巨大柱の上部に均は縛り付けられている。
女王のニャベレイは均の前に浮かんだ。胸のハッチを開き、コックピットシートを延ばした。女王があらわれていった。
「ポチ! 待たせたな!!」
均が消え入りそうな声でいった。
「やめて……やめて……」
「山本英代のやつが大会の進行を3時間も遅らせおってな。今、自由にしてやるぞ。このあとはどうする? また、ハワイにでも行くか? ぐふふふ……」
女王が均に手を伸ばそうとしたその時――、巨大な柱がグイと動いた。

英代のシロネコは、均が縛り付けられた巨大柱を抱えた。マシンドール10体が手をつなげても抱えきれないほど巨大な柱だ。
「今助けるから!」
シロネコが力を入れると柱がわずかに動いた。
英代は叫んだ。
「うおりゃああああぁぁぁぁっっ!!」
シロネコの腕が鋼鉄製の柱にめり込む。スタジアム全体が揺れた。
大地が割れるようなひどい音がして柱がかたむいた。
シロネコは根元から巨大柱を折って掲げ上げた。

スタジアム全体が異様に揺れている。
上空の女王は目を見張った。
クレーンが倒れてきて女王と均とをさえぎった。
「バカな! スタジアムを支える大柱を倒せば……!!」
コックピット内にもどった女王はマイクに向かって声をあげた。「全員退避! 退避だッー!!」

夏恵來はグラウンドに飛び出した。
あたりは尋常ではない揺れ方だ。
足元から伝わる地鳴りが大きくなっている。
「まずい……! スタジアムが崩れるぞ! みんな逃げろっー!!」
ニアやほかのネコミミたちと出口に走った。

英代のシロネコは巨大柱を肩に担いでグラウンドを走った。
「さあ、均。帰りましょう!」
持っている柱で出口ごと壊しながらスタジアムをあとにした。
はるか上空、柱に縛られた均はつぶやいた。
「こわい……こわい……」

スタンド全体が、ガタガタと壊れた乗り物のように揺れた。
司会席で司会者は声をあげた。
「おーっと! 山本選手、スタジアムの柱を引っこ抜いて出ていってしまったー! そのせいか、スタジアムの揺れが尋常じゃない! 今大会の決着はどうなってしまうのかっー!!」
解説者のキャッツがいった。
「これはいけませんよっ!!」
すでに立っていることもできない。床全体がグニャリと曲がった。
スタジアムが下から崩れていった。
スタンドには、いまだに数十万人がいる。人々は崩壊に飲み込まれた。
足場を失い、数十メートルの高さから落ちていくネコミミ族の観客たち。
しかし、ネコミミ族は、どんなに高いところから落ちても平気なので、けが人はいなかった。
特に解説者のキャッツは、現役時代に体操の選手として自身の代名詞ともなった大技〈キャッツ空中28回転〉を披露。見事に着地した。
その横で、ふつうに飛び降りた司会者がマイクを手にいった。
「テレビの前の皆さま! 9999回目の開催となったマシンドール大運動会は、開催スタジアムの崩壊というすごい結末となりました! 解説のキャッツさん、今大会を振り返っていかがでしたかっ!?」
キャッツは、「そうですね! いつになく色んなことがあった大会でしたが、常に変わらない選手たちの真剣勝負の姿には拍手を贈りたいですね! あっぱれです!!」
「それでは皆さま、記念すべき1万回目の開催となる次回大会までしばしのお別れです! また、3ヶ月後にお会いしましょう! ごきげんようっ!!」
こうしてマシンドール大運動会は終わった。
英代とシロネコの総合順位は〈69位〉。次回に課題を残す結果となった。
後日、英代の家にスタジアム弁償費として〈30兆円の請求書〉が届くことになる。が、それはまた別の話だ。
ちなみに、ツクシが白目をむいて失神した瞬間をおさめた自撮りは、SNS上で歴代最多となる1000億 Good Cats!(いいね!)を獲得。その後も、記録を伸ばし続けているという。



マシンドール大運動会、開催日の早朝のことだ。
日が昇る気がしない時刻。
英代は、浅い眠りの中にいた。夜更けまでFPSゲームをやっていたせいだ。
ふいに足音が聞こえた。敵だ。英代は銃をかまえた。壁から半身を乗り出す……。
ちがった。足音は現実世界からするものだった。
英代の部屋につながるせまい廊下から足音がする。
ゆっくり近づいてくるいくつかの足音。
英代はベッドを跳ね起きて扉のそばに張り付いた。
部屋の扉が静かに開いた。
顔を出したのは、ミミのついたフルフェイスヘルメットをかぶる小柄な人影だ。
ベッドをしきりに見ている。
英代はベッドを出る際、ふとんの下に枕を入れておいた。暗闇の中、ベッドには人が寝ているように見える。
侵入者が一歩、部屋に入った。
と、英代は侵入者の首に腕をまわし、壁ぎわに押し倒す。足で扉を閉め、鍵をかけた。
あらがう侵入者。その首を、英代は「コキッ!」とさせて気を失わせた。
英代は侵入者の服をはぎ取った。服は特殊部隊のもののようだ。
扉の向こうからは安否を気にするような声がした。ドアノブをしきりに動かしている。
英代は声色を変えていった。「待てっ!」
ドアノブは静まった。
英代は侵入者の服に着替えた。
侵入者は、やはりネコミミ族だ。パジャマの袖で手足を縛り、クローゼットに放り込んだ。
ミミのついたヘルメットをかぶり、英代はいった。
「問題ない」
鍵を開けた。扉が開き、同じ特殊部隊の格好をした4人のネコミミがあらわれた。
隊員のひとりがいった。「何か異常が?」
英代はこたえた。「いや、何も。か、勘違いだ」
隊員のひとりがベッドのふとんをはいでいった。
「山本英代がいない!」
英代はこたえた。
「うむ。襲撃に気づいて逃げたようだ。敵ながら恐ろしい勘の持ち主よ……」
隊員が、「どうしましょう!? 隊長!!」
英代はあわてて、「た、隊長!? そ、そうだな……。山本英代は諦めて、あとは予定どおりに……」
「並木均の確保ですね」
「そう、それだ。並木家はここから10分とかからない。急ぐぞ!」

黒いワンボックスカーで均の家の前についた。
英代は、
「1階の室外機から雨ドイをつたい、2階の窓から部屋に入れる。窓に鍵はかかってないはずだ」
といって、自ら手本を示すように壁をよじ登った。
部屋ではベッドで均が寝息をたてている。
すべての隊員が部屋に入り込むと英代はいった。
「確保するっ……!」
隊員らが慣れたようすで均の手足を拘束した。
均は、思いのほかすばやく目を覚まして抵抗した。大声を出そうとした口を、英代はグローブの手で押さえた。
「フゴゴゴゴッ!!」
均は必死だ。
英代は均の耳元に顔を近づけるといった。
「あとで、すぐに助ける……!」
「な、なにっ!? やめっ……!!」
わかってない。騒がれるとやっかいだ。
英代は、均の口をきつく押さえながら、みぞおちに拳をたたき込んだ。
「げふぅッ!!」
均は静かになった。
隊員たちは窓から均を下ろし、車につめ込んだ。
隊員たちの間に計画を成功させた安堵感が広がった。
英代はいった。
「よくやったな、お前たち」
「隊長!」
「山本英代を捕らえられなかったのは残念だが、並木均の確保という最重要任務は達せられた。女王さまもお喜びになられるだろう」
隊員たちは口々に感謝をのべた。
「隊長のご指導のたまものです!」「ありがとうございました!」
「これで、病気で苦労している本星のおふくろさんにも楽をさせてやれるな」
4人の隊員はそれぞれ顔を見合わせた。不思議そうな表情で英代を見返す。
〈しまった、やり過ぎた……〉英代は思った。
隊員のひとりがいった。
「隊長、なぜ、うちの母のことをご存知なのですか……?」
隊長の英代はいった。
「何を言っている! 隊員のことを知るのが隊長の仕事だ!!」
「隊長……!」
英代は車のドアに手をかけていった。
「さあ、早く拠点に帰るんだ。道中、事故などは決してないようにな」
「隊長はどうされるので?」
「私は侵入の跡が残っていないか、いま一度調べてから自力で戻る」
隊員らは敬礼していった。
「隊長、ご無事でお戻りください!」
「うむ!」
隊員と均を乗せたワンボックスカーは走って行った。

英代は自分の部屋にもどった。
隊服を脱ぐとベッドのふとんにもぐり込む。
軽く身体を動かしたせいか、今度はよく寝れた。


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